2016年7月6日水曜日

クラスター代数の加法的圏化(その1:クラスター代数)

クラスター代数とは、もともとはLie理論の組み合わせ的な性質を調べるためにFomin-Zelevinskyによって導入された概念だそうです。

Cluster algebras I: Foundations

上のリンクを見ればわかるように、この概念が導入されたのは2000年頃で、かなり新しいです。

ぼくはLie代数の表現論には疎いので、この辺りの説明は出来ないのですが、今回はこれの多元環の表現論を用いた圏化の紹介をしたいと思います。

興味を持たれた方は数理科学の2015年3月号に(おそらく本記事より遥かにわかりやすい)記事が幾つか記載されています。

また、本記事(を含めるこの後書く予定の幾つかの記事)はLMS119に掲載されているBernhard Keller氏の``Cluster algebras, quiver representations and triangulated categories" というタイトルのサーベイをもとに書きました。

詳しくはそちらや、そこに記載された参考文献をあたって下さればと思います。

また、誤植やぼくの勘違いなどありましたら指摘をしてくださると助かります。



さて, とりえあず難しい話は抜きにしてクラスター代数の説明からしたいと思います.

$Q$ を頂点と矢の数, 共に有限な, loopと長さ2のcycleを持たないクイバーとします.
クイバーとは有向グラフのことです.)

1.1.(クイバー):
 

クイバー$Q$の頂点集合を$I = \{1,2,...,n\}$, 矢の集合を$E$とします.
クイバーに対し, 「ミューテーション」という操作があります:

定義1.2.(クイバーのミューテーション)
$k \in I$ に対し, $k$に於いてミューテーションして得られたクイバー$\mu_k(Q)$とは, 次の3ステップで定義されるクイバーのこと:
Step1.
 $k$を通る長さ2のpathに対し, その合成を加える.
Step2.
 $k$に隣接する全ての矢の向きを入れ替える.
Step3.
 長さ2のcycleを全て取り除く.

1.3.(クイバーのミューテーション):
 

余談ですが, ミューテーションとは「突然変異」という意味だそうです.

ミューテーションはinvolutiveであることが(実際にやってみると)わかります.
すなわち, $\mu_k(\mu_k(Q)) = Q$.

この操作は一見突拍子も無いのですが, 次のように曲面の三角形分割とクイバーを対応させると, 三角形分割の取り換えとして最も基本的な操作である「フリップ」と対応していることがわかります:

例1.3.の$Q_2$のミューテーションは実はこの三角形分割の図と対応していた.

ここで三角形分割$T$の辺$i$に於けるフリップ$f_i(T)$とは, $T \backslash {i}$ のを含む三角形分割のうち,$T$とは異なるもののこととします. 要するに, 上の図のことです.

ところが, 次の例からわかるように, クイバーのミューテーションは三角形分割のフリップよりも情報が落ちていることがわかります:

例1.4.
例1.1.のクイバー$Q_1$は5点円板と対応している. (境界の辺に頂点は対応させないこととする.)
このとき, 次のようなフリップの列が考えられる:
$f_1$, $f_2$はそれぞれ辺1,2に於けるフリップ
対応するクイバーのミューテーションの列は次のようになっている:
こちらは二度目のミューテーションで元のクイバーに戻っており, 情報が少ない事がわかる.


では, クイバーのミューテーションに何かを付加して, もう少し多くの情報を得ることは出来ないでしょうか.
次に説明するクラスター変数が, そのひとつになっています.

$I$で添字付けられた代数的に独立で可換な変数$x_1, x_2,..., x_n$を固定します.(これを初期クラスター変数と呼びます.)
クラスター変数に対しても, ミューテーションと呼ばれる操作が有ります:

定義1.5.(クラスター変数のミューテーション)
$k \in I$に対し,
\[
\mu_k(x_i) =
\left\{
\begin{array}{cl}
\displaystyle \frac{1}{x_k} \left( \prod_{j \to k \in E} x_j + \prod_{k \to l \in E} x_l \right) & (k=i), \\
x_i & (k \neq i).
\end{array}
\right.
\]
ここで, 括弧内の積のひとつ目は$k$に入ってくる矢に渡る, ふたつ目は$k$から出て行く矢に渡る積のことで, それが無い場合は1とします.

1.6.(クラスター変数のミューテーション)
$Q_2$の各頂点$i$に変数$x_i$を割り当てたとき,  $\displaystyle \mu_3(x_3) = \frac{x_1x_5 + x_2x_4}{x_3} $

実はクラスター代数のミューテーションもinvolutiveな操作です.(実際にやってみるとわかります.)

では, 例1.4.で提起した問題はどの程度解消されているのでしょうか.
例1.7.
$\left( \begin{array}{c} x_1 \\ x_2 \end{array} \right) \overset{\mu_1}{\Longrightarrow}
 \left( \begin{array}{c} x_1' \\ x_2 \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_2)/x_1 \\ x_2 \end{array} \right) \overset{\mu_2}{\Longrightarrow}
 \left( \begin{array}{c} x_1' \\ x_2' \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_2)/x_1 \\ (1+x_1')/x_2 \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_2)/x_1 \\ (1+x_1+x_2)/x_1x_2 \end{array} \right) \overset{\mu_1}{\Longrightarrow}
 \left( \begin{array}{c} x_1'' \\ x_2' \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_2')/x_1' \\ (1+x_1+x_2)/x_1x_2 \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_1)/x_2 \\ (1+x_1+x_2)/x_1x_2 \end{array} \right) \overset{\mu_2}{\Longrightarrow}
 \left( \begin{array}{c} x_1'' \\ x_2'' \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_1)/x_2 \\ (1+x_1'')/x_2' \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_1)/x_2 \\ x_1 \end{array} \right) \overset{\mu_1}{\Longrightarrow}
 \left( \begin{array}{c} x_1''' \\ x_2'' \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} (1+x_2'')/x_1'' \\ x_1 \end{array} \right) =
 \left( \begin{array}{c} x_2 \\ x_1 \end{array} \right)
$
従って,
\[ \mu_1 \mu_2 \mu_1 \mu_2 \mu_1 \left( \begin{array}{c}x_1 \\ x_2 \end{array} \right) = \left( \begin{array}{c} x_2 \\ x_1 \end{array} \right) \]
この計算からわかるように, クイバーのミューテーションだけでは区別しきれなかった異なる三角形分割が, クラスター代数を用いることで区別ができるようになっています.

また, 最後の$x_1, x_2$が入れ替わっているのは, 円板の辺が入れ替わっていることに対応しています.
さらによく見ると, $\mu_2\mu_1$は5点円板では丁度$2\pi/5$回転に対応しています.
例1.7.の計算結果はクラスター代数のミューテーションが半周期5で, 周期10であることを意味していますが, 10回目のミューテーションで元に戻ることと円板が丁度一回転することが対応していることがわかると思います.
ちなみに, このように五角形に関係する関係式の事を「ペンタゴン関係式」と呼びます.

この曲面の三角形分割との関係は大変面白いのですがここで打ち切り, 例1.7.の計算結果を純粋に観察していこうと思います:

観察1. ミューテーションをいくら繰り返しても, クラスター変数はうまく割り切ることができ, ローラン多項式の形になった.

観察2. ミューテーションを例1.7.の規則で行うと, (添字の入れ替えを除いて)元に戻った.

観察1の現象を「ローラン性」と呼び, 観察2の現象を「周期性」と呼ぶことにします.

これらについて詳しく言及するために, クラスター代数の定義をします:

定義1.8.
クイバー$Q$と初期クラスター変数$\{x_1, ..., x_n\}$に対し, クラスター代数$A_Q = A(Q;\{x_1, ..., x_n\})$とは, 初期クラスター変数を任意の頂点に関して何回かミューテーションして得られる変数全体で生成される$\mathbb{Q}(x_1,...,x_n)$の$\mathbb{Z}$部分代数のこと.
このとき, $x_1,...,x_n$を初期クラスター変数と呼ぶ.

観察1.は, 次のような定理として知られています:
定理1.9.[FZ-I;Thm.3.1]
$A(Q;\{x_1,...,x_n\}) \subset \mathbb{Z}[x_1^{\pm1},...,x_n^{\pm}] $

つまり, 任意のクラスター変数は初期クラスター変数$x_1,...,x_n$のローラン多項式で書けるということです.

観察2.は$Q_1$が$\mathrm{A}_2$型であるため, 次の定理の帰結であると言えます:
定理1.10.[FZ-II]
$A_Q$が有限次元 $\Longleftrightarrow$ $Q$がADE型のクイバーとミューテーション同値

ここでADE型のクイバーとは, ADE型のディンキン図に適当に向きを入れたクイバーのことで, ミューテーション同値とは有限回のミューテーションで移り合うことを意味します.

さらに定理1.10は次のように精密化されています:
定理1.11.[FZ-II;Thm.1.9.]
$Q$がディンキン図$\Delta$に適当に向きを与えたクイバーのとき, {非初期クラスター変数}と{$\Delta$の正ルート}の間に全単射があり, それは次で与えられる:
\[ \frac{P_\alpha(x_1,...,x_n)}{x_1^{d_1}\cdots x_n^{d_n}} \longleftrightarrow \alpha = d_1 \alpha_1 + \cdots + d_n \alpha_n \]ここで, $\alpha_1,...,\alpha_n$は$\Delta$の単純ルート, $P_\alpha(x_1,...,x_n)$は$x_1,...,x_n$の$\mathbb{Z}$上の多項式.

この定理については, 次回にもう少し詳しく解説するので, 今回は主張を述べる形で終えたいと思います.

注意
クラスター代数には幾つか種類があり, 今回解説したのは「係数無し$x$変数」と呼ばれる種類のクラスター代数です.


参考文献
[FZ-I] S.Fomin, A.Zelevensky, Cluster algebras I: Foundations, arXiv:0104151
[FZ-II] _______, Cluster algebras II: Finite type classification, arXiv:0208229

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